Geant4(その6) 特殊相対論 虎の巻

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今回の話題

Geant4の物理マニュアルなど読むには何かと特殊相対論の知識がいります.そこで特殊相対論的な運動学をまとめてみます.今回はLorentz変換までです.
記号は概ね慣習に従いますが,数式が簡潔になるように光速 \(c\) を基準 (\(c = 1\)) とする自然単位系を主に使います.

光速度不変の原理,相対性原理,慣性系

特殊相対論の大前提は「光速度不変の原理」です.光源の運動状態にかかわらずどの慣性系から見ても光速は同じ,という実験事実です.
慣性系内に静止した2点間では,光の伝播時間が一定であることを使って時計合わせや距離測定ができます.したがって慣性系内では一貫した時間や距離の物差しを共有できます.
しかし互いに動く2点間,動く慣性系間ではそうはいきません.たとえば走る列車の中央から出た光が列車の前後両端に届く時刻を考えると,地上系から見れば列車が走る分だけ後端が早く,列車系から見れば光速度不変性により同時です.両系では時刻が違っているのですね.

特殊相対論のもうひとつの前提はもちろん「相対性原理」です.物理法則は慣性系によらない形でなければなりません.…とは?
Einsteinの原論文(の岩波文庫の邦訳)を読むと,この用語は主に電磁気学でのMaxwell方程式の不変性を指していて,運動学での使われ方は抽象的・限定的です.慣性系間の本質的な関係は相対速度だけで決まる,ということだけで足ります.

「慣性系」とは慣性の法則が成り立つ系のことです.外力が働かない「慣性運動」イコール等速直線運動であり,等速直線運動はどの慣性系から見ても等速直線運動です.このことから,慣性系間の座標変換は1次式です(余談ですが証明: 座標変換F,適当な5点でFと等しい1次式G ⇒ 慣性系の仮定からF-Gは前記5点を結ぶ直線およびそれらが張る領域で0).

以上を合わせると,さしあたり次が結論されます.

  • 慣性系間の座標変換は1次式である.
  • 〃 は時間も変換を受ける(!!).
  • 〃 は相対速度のみで決まる(回転・平行移動の自由度を除き).

なお時空の平坦性も暗に仮定されます(「一様性」などはその一部).三平方の定理で距離を計算できたりするのはこれのお陰で,球面のような曲がった空間ではそうはいきません.

Lorentz変換

以下順を追って,相対速度 \(v\) (自然単位系では \(\beta := v/c)\) の慣性系O,O’の間の座標変換を求めます.

条件設定

簡単のため,また回転・平行移動の自由度を除くため,両系の原点位置や座標軸の向きをあらかじめ以下の条件のとおりに合わせておきます.

  1. O系,O’系の空間原点の初期位置が一致している.
  2. X軸とX’軸が常時重なっている(X,X’を速度方向にとる).
  3. Y軸とY’軸の初期方向が合っている(正確には後述の角度 \(\theta_0\)を0にする).
  4. O系から見て,O’系原点の速度は+X方向に \(\beta\).

条件0によりO系からO’系への座標変換は斉次1次式です. これを次の形とします.\(A\) が4×4の変換行列,\(A_{11} 〜 A_{22}\) は \(A\) の2×2のブロックです. \[ \left[ \begin{array}{c} t’ \\ x’ \\ y’ \\ z’ \end{array} \right] \;=\; A \left[ \begin{array}{c} t \\ x \\ y \\ z \end{array} \right] \;=\; \left[ \begin{array}{c|c} A_{11} & A_{12} \\ \hline A_{21} & A_{22} \end{array} \right] \left[ \begin{array}{c} t \\ x \\ \hline y \\ z \end{array} \right] \tag{1} \] 冒頭述べた相対性原理により \(A = A(\beta)\) は相対速度 \(\beta\) のみで決まります.また相対性原理が使われるのはひとえにこの点のみです.

空間等方性から横方向の変換を決める

健全な空間等方性を仮定して決まる部分を決めます. ここでは条件1を考慮し,「空間等方性」とはX,X’軸まわりに回転しても同じ風景が見えること,すなわち変換行列 \(A\) が回転不変であることとします.

O系,O’系をそれぞれX軸,X’軸まわりに角度\(\theta\)だけ回転した系から見ると, 変換行列は線形代数的には基底変換を受けますが,空間等方性の仮定からこれは\(\theta\)によらず不変です.すなわち \[ \left[ \begin{array}{c|c} 1 & 0 \\ \hline 0 & {R_\theta} \end{array} \right] \left[ \begin{array}{c|c} A_{11} & A_{12}\\ \hline A_{21} & A_{22} \end{array} \right] \left[ \begin{array}{c|c} 1 & 0 \\ \hline 0 & {R_\theta}^{-1} \end{array} \right] \;\equiv\; \left[ \begin{array}{c|c} A_{11} & A_{12} \\ \hline A_{21} & A_{22} \end{array} \right] \tag{2} \] であり(\(R_\theta\)は2次元の\(\theta\)回転行列), ブロックごとにかけば \(A_{12} {R_\theta}^{-1} \equiv A_{12}\), \(R_\theta A_{21} \equiv A_{21}\), \(R_\theta A_{22} {R_\theta}^{-1} \equiv A_{22}\) です. これで \(A_{12} = A_{21} = 0\) かつ \(A_{22} = 定数 \times 回転行列 =: \lambda \cdot R_{\theta_0}\) の形に限られ, さらに条件2で \(\theta_0 = 0\) としたので \(A_{22} = \lambda\) (= スカラー行列) です. 以上,X軸まわりの等方性から下記が決まりました. \[ \begin{eqnarray} A_{12} &=& 0 \tag{3} \\ A_{21} &=& 0 \tag{4} \\ A_{22} &=& \lambda \tag{5} \end{eqnarray} \] YZとY’Z’のスケール比 \(\lambda = \lambda(\beta)\) の値はあとで決めます.

なお線形代数の言葉で書きましたが,幾何学的な言葉では次のとおりです.式(4)は条件1と等価で,式(3)(5)が空間等方性の帰結です.

  • \(A_{12} = 0\): YZ面ととY’Z’面は初期 \(t = t’ = 0\) には重なっている.
  • \(A_{21} = 0\): X軸とX’軸は常に重なっている.
  • \(A_{22} = \lambda\): Y軸とY’軸,Z軸とZ’軸は常に平行,Y’軸とZ’軸のスケールは同じ.

光速度不変の原理から速度方向の変換を決める

本題です.速度方向の変換 \(A_{11}\) は2×2行列なので,1次独立な2事象でO座標(=O系での座標,以下同様)とO’座標の対応がつけば逆算できます.そこで下図の思考実験をします.

Lorentz変換を求めるための思考実験
  • 準備: O’系のX’軸上 \(x’ = {x_0}’\) に鏡を固定.O系では \(t=0\) で \(x = x_0\) にあるとする.
  • 事象0: 時刻 \(t = t’ = 0\) に原点O=O’から光を発射.
  • 事象1: 発射光を鏡で反射.そのO座標を \((t_1, x_1)\),O’座標を \(({t_1}’, {x_1}’)\) とする.
  • 事象2: 反射光をO’系原点で受信.そのO座標を \((t_2, x_2)\),O’座標を \(({t_2}’, {x_2}’)\) とする.

O系の \((0,x_0)\) とO’系の \((0,{x_0}’)\) とは同一事象とは限らず,\(x_0\) と \({x_0}’\) の関係はさしあたり不明です. その比を仮に \(\gamma = \gamma(\beta) := {x_0}’ / x_0\) としておき,値はあとで決めます.

条件3から事象1,2の位置関係をO系,O’系で表すと \[ \begin{eqnarray} {x_1}’ &=& c {t_1}’ \;=\; {x_1}’ \tag{6} \\ {x_1} &=& c {t_1} \;=\; {x_0} + v {t_1} \tag{7} \\ {x_2}’ &=& {x_1}’ – c ({t_2}’ – {t_1}’) \;=\; 0 \tag{8} \\ {x_2} &=& {x_1} – c ({t_2} – {t_1} ) \;=\; v t_2 \tag{9} \end{eqnarray} \] となります(ここだけ \(c\) を明示,以下再び自然単位系).あとはこれを解いて単純計算です. \[ A_{11} \;=\; \left[ \begin{array}{c|c} {t_1}’ & {t_2}’ \\ {x_1}’ & {x_2}’ \end{array} \right] \left[ \begin{array}{c|c} t_1 & t_2 \\ x_1 & x_2 \end{array} \right]^{-1} \;=\; \cdots \;=\; \gamma \left[ \begin{array}{cc} 1 & -\beta \\ -\beta & 1 \end{array} \right] \tag{10} \]

座標変換の整合性からスケール因子を決める

複数の座標変換の間の整合性はスケール因子 \(\gamma\),\(\lambda\) を制約します.行って帰れば恒等変換のはずとか,後ろ向きに眺めても実質同じはず,とか.

まず1点目,行って帰るケース.
O’系からX’方向に速度\(-\beta = -v/c\)で運動する系をO”とし,O系からO’系経由でO”系への座標変換を考えます. \[ \left[ \begin{array}{c} t” \\ x” \\ y” \\ z” \end{array} \right] \;=\; A(-\beta) ~ A(\beta) \left[ \begin{array}{c} t \\ x \\ y \\ z \end{array} \right] \;=\; \cdots \;=\; \left[ \begin{array}{c} \gamma(-\beta)~\gamma(\beta)~(1 – \beta^2)~t \\ \gamma(-\beta)~\gamma(\beta)~(1 – \beta^2)~x \\ \lambda(-\beta)~\lambda(\beta)~y \\ \lambda(-\beta)~\lambda(\beta)~z \end{array} \right] \tag{11} \] \(x”, y”, z”\)が時間を含まないので,O系とO”系は互いに静止しています. したがって時間や距離の物差しは同じであり,\(\gamma(-\beta) \gamma(\beta) (1 – \beta^2) = \lambda(-\beta) \lambda(\beta) = 1\) です. 一応念のためO”系はO系と違うかもと疑いましたが,同じと確認できました.

次に2点目,後ろ向きに眺めるケース.
O系,O’系をそれぞれZ,Z’軸まわりに180度回転した,相対速度 \(-\beta\) の系同士の座標変換を考えます. 180度回転系はO,O’上に静止しているので,それらの間の座標変換行列\(A(-\beta)\)は基底変換を除きO系からO’系への変換行列\(A(\beta)\)と同じです.すなわち \[ A(\beta) \;=\; \left[ \begin{array}{cccc} 1 & & & \\ & -1 & & \\ & & -1 & \\ & & & 1 \end{array}\right] A(-\beta) \left[ \begin{array}{cccc} 1 & & & \\ & -1 & & \\ & & -1 & \\ & & & 1 \end{array}\right] \tag{12} \] です.\(A(\pm\beta)\)の具体形(3)(4)(5)(10)を入れて両辺を比較すると, \(\gamma(-\beta) = \gamma(\beta)\),\(\lambda(-\beta) = \lambda(\beta)\) とわかります.

なお3点目として,時間や空間が反転しないためには \(\gamma > 0\), \(\lambda > 0\) でなければなりません. 以上3点あわせて,スケール因子は下記に決まります. \[ \begin{eqnarray} \gamma(\pm \beta) &=& \frac{1}{\sqrt{1 – \beta^2}} \tag{13} \\ \lambda(\pm \beta) &=& 1 \tag{14} \end{eqnarray} \]

Lorentz変換 完成版

あらためて(3)(4)(5)(10)(13)(14)をまとめれば完成です. \[ \begin{eqnarray} t’ &=& \gamma \cdot (t – \beta x) \tag{15} \\ x’ &=& \gamma \cdot (x – \beta t) \tag{16} \\ y’ &=& y \tag{17} \\ z’ &=& z \tag{18} \\ \gamma &:=& \frac{1}{\sqrt{1 – \beta^2}} \tag{19} \end{eqnarray} \]
自然単位系から通常の単位系の表現に直すには,次元のつじつまが合うよう \(c\) のベキ乗を補えばよく,それだと \(t’ = \gamma \cdot (t – v x/c^2)\),\(x’ = \gamma \cdot (x – v t)\) です.
逆変換は \(t, x, y, z, \pm\beta\) と \(t’, x’, y’, z’, \mp\beta\) を入れ替えた式になります.
O系とO’系の原点が異なる,座標軸が平行でない,相対運動がX方向でない,などの場合の座標変換を知るには,そうなるようにO系またはO’系に適当な合同変換をかませてやればOKです.

Minkovskiノルムの不変性

次回の準備としてMinkovskiノルムを導入しておきます.
O系の座標 \((t,x,y,z)\) に相当する「世界点」に対し,\(t^2 – x^2 – y^2 – z^2\) を「Minkovskiノルム」と言います. Lorentz変換の式(15)-(19)を使ってO’系の座標でMinkovskiノルムを計算してみると,常にO系での計算と同じ値になります. \[ t^2 – x^2 – y^2 – z^2 \;\equiv\; (t’)^2 – (x’)^2 – (y’)^2 – (z’)^2 \tag{20} \] 両辺が0の場合が光速度不変の原理にあたり,Lorentz変換は光速度不変の原理と確かに両立しています.それに加え,両辺がnon-zeroの場合も等号が成立するというわけです. さらに式(20)は回転不変であることから,前節と同様にOとO’が平行でない場合や運動がX方向でない場合も等号が成立します. すなわち世界点のMinkovskiノルムは任意の慣性系から同じに見える「不変量」です.

原点を始点としないケースでは次の微分形が有用です. \[ (dt)^2 – (dx)^2 – (dy)^2 – (dz)^2 \;\equiv\; (dt’)^2 – (dx’)^2 – (dy’)^2 – (dz’)^2 \tag{21} \] これは,固有時や四元運動量やその他もろもろのもとになる非常に重要な性質です.

まとめ

光速度不変の原理と空間等方性とからLorentz変換(15)-(19)を導き,その帰結としてMinkovskiノルムの不変性(20)を得ました.
逆にMinkovskiノルムの不変性を前提としてLorentz変換を(手際よく)導く文献もあります.こちらは「Lorentz変換を仮定したらLorentz変換を得た」的な循環論法に近い話で納得感には欠けますが結論は同じ.好みが分かれるところかもしれません.

長くなりましたので,残りは日を改めます.


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