Geant4(その7) 続・特殊相対論 虎の巻

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今回の話題

前回はLorentz変換の導出とMinkovskiノルムの不変性まで書きました.今回は実用的な運動学の公式などを幾つかメモしておきます.
今回も(c = 1) の自然座標系を使います.\(\| \cdots \|\) はMinkovskiノルムです.

幾何学の範囲の話

Lorentz変換(復習)

復習を兼ね,Minkovskiノルムの不変性(1)からLorentz変換(2)(3)(4)を逆算してみます. \[ t^2 – x^2 – y^2 – z^2 \;\equiv\; (t’)^2 – (x’)^2 – (y’)^2 – (z’)^2 \tag{1} \] 前回同様,O系とO’系の相対速度を \(\beta\) とします. \(x’ \equiv \gamma~(x – \beta t)\),\(t’ \equiv \gamma’ (t – \beta’ x)\) を式(1)に入れて両辺の \(x^2, xt, t^2\) の係数を比較すると, \(\gamma, \gamma’, \beta’\) が決まり,次式になります. \[ \begin{eqnarray} t’ &\equiv& \gamma (t – \beta~x) \tag{2} \\ x’ &\equiv& \gamma (x – \beta~t) \tag{3} \\ \gamma &:=& \frac{1}{\sqrt{1 – \beta^2}} \tag{4} \end{eqnarray} \] 速度を \(-\beta\) に置き換えれば逆変換が得られます. 横方向は空間等方性により恒等変換 \(y’ \equiv y\),\(z’ \equiv z\) なのでした.

速度の合成則

O’ 系の等速直進運動 \(x’ = \beta’ t’\) をO系に座標変換すると, 「決して光速を超えられない」という速度の合成則を得ます.\(\beta” := x/t\) が合成速度です. \[ \begin{eqnarray} \beta” &=& \frac{\beta + \beta’}{1 + \beta \beta’} \tag{5} \end{eqnarray} \] もう少し一般に,進行方向が \(\theta’\) すなわち \(x’ = \beta’ \cos \theta’~t’\),\(y’ = \beta’ \sin \theta’~t’\) の場合, O 系から見た速さ \(\beta” := (x^2 + y^2)^{1/2}/t\) や進行方向 \(\tan \theta” := y/x\) を計算すると次式になります. \[ \begin{eqnarray} \beta” &=& \frac{\left[ \beta^2 + {\beta’}^2 + 2 \beta \beta’ \cos \theta’ – (\beta \beta’ \sin \theta’)^2 \right]^{1/2}}{1 + \beta \beta’ \cos \theta’} \tag{6} \\ \tan \theta” &=& \frac{1}{\gamma} ~ \frac{\beta’ \sin \theta’}{\beta’ \cos \theta’ + \beta} \tag{7} \end{eqnarray} \]

物理っぽい話

「スカラー」「ベクトル」

特殊相対論の文脈では,「スカラー」「ベクトル」という用語を次の意味で使います. 前者の例は後述する固有時 \(\tau\),後者の例は四元位置 \((t, x, y, z)\) です.

  • 「スカラー」 = どの慣性系から見ても変わらない量
  • 「ベクトル」 = Lorentz変換を受ける量

慣性の法則や運動量保存則などが任意の慣性系で成立すると信じる限り,その方程式はLorentz変換と整合的な形,たとえば「ベクトル = ベクトル」でなければなりません. しかし特定の慣性系で粒子の位置 \((x,y,z)\) を時間 \(t\) で微分した速度や加速度は「ベクトル」ではないので,相対論的な代替物が必要です.

「固有時」「四元運動量」

粒子の運動を考えてみます. O系から見て運動 \((x(t), y(t), z(t))\) している静止質量 \(m\) の粒子について,次の物理量を定義します. \[ \begin{eqnarray} (d\tau)^2 &:=& (dt)^2 – (dx)^2 – (dy)^2 – (dz)^2 \tag{8} \\ \vec{V} &:=& \left[ \frac{dt}{d\tau}, \frac{dx}{d\tau}, \frac{dy}{d\tau}, \frac{dz}{d\tau} \right]^T \tag{9} \\ \vec{P} &:=& m \cdot \vec{V} \tag{10} \end{eqnarray} \]

粒子と一緒に動く座標系 \(O’\) では \(d\tau =dt’\) となることから,\(\tau = \int d\tau\) は(当該粒子の)固有時と呼ばれます. 定義式(8)の右辺がLorentz不変なので,\(\tau\) はどの慣性系から見ても変わらない「スカラー」です.
ちなみに座標変換則(2)の微分形で \(dx = \beta~dt\) とすると \(\frac{dt}{d\tau} = dt/dt’ = \gamma \ge 1\) となり,これが「運動する時計(\(\tau\))は遅れる」と言われる所以です.

\(\vec{V}, \vec{P}\) はそれぞれ四元速度,四元運動量と呼ばれます. いずれも「スカラー」による「ベクトル」の微分なのでLorentz変換に従う「ベクトル」であり,これがNewton力学の速度,運動量の相対論版です.
なお定義から明らかに次式が成り立ちます. \[ \begin{eqnarray} \| \vec{V} \| &=& 1 \tag{11} \\ \| \vec{P} \| &=& m \tag{12} \end{eqnarray} \]

エネルギー解釈

四元運動量 \(\vec{P}\) は「ベクトル」なので,時間成分 \(p_0 := m \frac{dt}{d\tau} = m \gamma\) にも物理的な解釈が期待されます.

\(\gamma = 1 / \sqrt{1 – \beta^2}\) を \(\beta\) で展開して光速 \(c\) を明示すると \(E := c p_0 = mc^2 + \frac{1}{2} mv^2 + \cdots\) となり, 右辺第1項に関する有名な “静止質量 = エネルギー” の解釈を得ます. この解釈は,のちに原子核の質量欠損や電子・陽電子の対消滅などの現象から実証されたというわけです.

自然単位系ではやや味気ないですが次式になります. \[ \begin{eqnarray} E &=& \gamma m \tag{13} \end{eqnarray} \]

エネルギーの計算

独断ですが,エネルギーのたぐいの相互換算には次式を覚えておくと便利かもしれません. \(E\) は全エネルギー,\(T\) は運動エネルギー,\(m\) は静止質量,\(p\) は四元運動量(12)の空間成分ノルムです. \[ \begin{eqnarray} E &=& T + m \tag{14} \\ E &=& \gamma m \tag{15} \\ E &=& (m^2 + p^2)^{1/2} \tag{16} \end{eqnarray} \] 式(14)はエネルギー保存則です.たとえば6MeVで加速した電子であれば \(m\) = 0.511[MeV],\(T\) = 6[MeV], \(E\) = 6.511[MeV]. 式(15)(16)は(13)(12)の再掲です.

散乱角の計算例

2体問題の弾性散乱の場合,四元運動量保存則により,散乱前後のエネルギーから散乱角が一意に決まります. その計算式(18)を示します.EGS5のマニュアルに記載の方法です.

\(+x\) 方向に進む入射粒子1が静止粒子2に衝突し,粒子3,4になってxy平面内に散乱するケースを考えると, 保存則 \(\vec{P}_1 + \vec{P}_2 = \vec{P}_3 + \vec{P}_4\) は次式です. \[ \begin{eqnarray} \left[ \begin{array}{c} E_1 \\ p_1 \\ 0 \\ 0 \end{array} \right] \;+\; \left[ \begin{array}{c} E_2 \\ 0 \\ 0 \\ 0 \end{array} \right] \;&=&\; \left[ \begin{array}{c} E_3 \\ p_3 \cos \theta_3 \\ p_3 \sin \theta_3 \\ 0 \end{array} \right] \;+\; \left[ \begin{array}{c} E_4 \\ p_4 \cos \theta_4 \\ p_4 \sin \theta_4 \\ 0 \end{array} \right] \tag{17} \end{eqnarray} \]

\(\| \vec{P}_4 \|^2 \,=\, \| \vec{P}_1 + \vec{P}_2 – \vec{P}_3 \|^2\) を展開して \(\cos \theta_3\) について解くと次式を得ます. なお \({\| \vec{P}_i \|}^2\) の項は式(12)で整理し,\(p_1\),\(p_3\) は式 (16) で算出します. \(\cos \theta_4\) の計算も同様です. \[ \begin{eqnarray} \cos \theta_3 &=& \frac{{m_4}^2 – {m_1}^2 – {m_2}^2 – {m_3}^2 + 2 E_1 E_3 + 2 m_2 (E_3 – E_1)}{2 p_1 p_3} \tag{18} \end{eqnarray} \] Geant4の中では,2粒子の弾性散乱(ComptonやMoller)については次の手順で散乱後の状態が計算されます.

  1. エネルギーを微分断面積 \(d\sigma / dE\) のモデルからサンプリング.
  2. 散乱角を式(18)で算出.

なおエネルギーの転移 \(\Delta E = E_4 – E_2\) の割合はエネルギー比程度以下に限られます. ピンポン玉を大岩にぶつけるようなケースでは岩のほうはびくともしません.

まとめ

特殊相対論的力学の公式などをまとめてみました.今回でGeant4ネタは一区切りです.


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